制裁規定の制限(労働基準法第91条)

就業規則1)で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え3)、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない4)5)

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1)就業規則

本条の「就業規則」とは、就業規則一般をいい、第八九条の規定により就業規則を作成する義務がある常時一○人以上の労働者を使用する使用者が作成する就業規則に限らない。けだし、第八九条は、就業規則の定義をしているものではなく、ただ同条第一号から第一○号までに掲げる事項を就業規則として成文化すべきことを使用者に義務づけているにとどまり、したがって、本条で「就業規則」という場合、これを第八九条の規定によりその作成を義務づけられているものに限るべき理由はない(同旨 吾妻「労働基準法」四七○頁)。
また、本条の趣旨は、減給の制裁の限度を規制するところにあり、これが一般的に就業規則というかたちで定められることを想定して本条のような表現をとっているものであるので、事業場の内規又は不文の慣行に基づいて本条の制限を超える減給の制裁を行った場合でも、本条違反となることはいうまでもない。
なお、本条の立法趣旨及び法的効力については、「賃金を減額する制裁は、賃金を生活の拠りどころとする労働者の生活を脅かし苛酷な結果になりがちなため、これを一定の限度に制限することにある。したがってこの制限を超える制裁規定を定めることは、たとえこれが労働協約によって労働組合の合意のもとになされた場合でも強行法規に抵触し無効であり、個別的労働関係を規律する効力をもたない。」とする裁判例(札幌地裁室蘭支部判決 昭四七年(ワ)第二六三号 新日本製鉄室蘭製鉄所事件 昭五○・三・一四)がある。

3)一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え(てはならない)

「一回の額が平均賃金の一日分の半額を超えてはならない」とは、一回の事案に対しては、減給の総額が平均賃金の一日分の半額以内でなければならないことを意味する(昭二三・九・二○ 基収第一七八九号)。
したがって、一回の事案について平均賃金の一日分の半額ずつ何日にもわたって減給してよいという意味ではない。もっとも、一日に二個の懲戒事由に該当する行為があれば、その二個の行為についてそれぞれ平均賃金の一日分の半額ずつ減給することは差し支えない。
なお、右の平均賃金の算定については、「減給の制裁の意思表示が相手方に到着した日をもって、これを算定すべき事由の発生した日とする。」と解されている(昭三○・七・一九 基収第五八七五号)。

4)総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない

「総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない」とは、一賃金支払期に発生した数事案に対する減給の総額が、当該賃金支払期における賃金の総額の一○分の一以内でなければならないという意味である(昭二三・九・二○ 基収第一七八九号)。もし、これを超えて減給の制裁を行う必要が生じた場合には、その部分の減給は、次期の賃金支払期に延ばさなければならないものと考えられる。
「一賃金支払期における賃金の総額」とは、「当該賃金支払期に対し現実に支払われる賃金の総額」をいうものであり(昭二五・九・八 基収第一三三八号)、したがって、一賃金支払期に支払われるべき賃金の総額が欠勤等のために少額となったときは、その少額となった賃金総額を基礎としてその一○分の一を計算しなければならない。
なお、制裁として賞与から減額することについては、賞与も賃金であるので、本条の規制に服する。したがって、減給の総額は、賞与の総額の一○分の一を超えてはならないことになる(昭六三・三・一四 基発第一五○号・婦発第四七号)。
ただし、勤務評価によって賞与の額を決定することは可能であり、この場合には「減給の制裁」には該当しないと解されよう。

5)本条違反

本条の制限を超えて減給した場合には、三○万円以下の罰金に処せられる(第一二○条第一号)。
本条は、就業規則の規定によって科せらるべき減給の額を制限し、その範囲内において減給を行うべきことを定めているものと解されるので、本条が禁止している行為は、就業規則に本条の制限を超えた減給の制裁の定めをすることではなくて、本条の制限に違反して減給することであると考えられる。
なお、本条の規定に違反した就業規則ないし労働協約は、当該部分それ自体無効と解すべきであろう。

出所
労働基準法 (労働法コンメンタール) 厚生労働省労働基準局編